アラフィフ50代、実家の存在

いま、ご実家に住まわれている方、ご実家から遠く離れてお暮らしの方、いつでも寄れる距離にご実家がある方、50代ならそれはいろいろですよね。
ご家族構成、ご家族との関係、ご家族の状況も本当にそれぞれですよね。

私は行って行けないわけではない距離といいますか、行こうと思えば行ける距離といいますか、行って話をしたりして帰ってくるには1日みておけばいい距離といった距離に実家があります。

若いころ、実家を出て間もなかったころは、実家に帰るのが楽しみで楽しみで、できれば実家に泊まってゆっくりして

あー、もう戻らなきゃ

と思っていまの家に戻ってきていました。

ところが、いつのころからでしょうか。

明日は休みだし実家に行こうかなぁ。
でもやっぱり来週にするかな。
だって。。。

と理由をつけて先延ばしをするようになったのは。

それが段々

もうずっと行っていないし、そろそろ行かなきゃダメよねー

と、まるで義務のように考えるようになってしまいました。

実家は『帰る』ところでいまの家は『戻る』ところだったのが、実家は『行く』ところになって今の家が『帰るウチ』に変わったんです。

家族って、親って、私って。。。。

実家に帰る期間が開けば開くほど、会うたび親が弱っていくような。
住み慣れた家のはずなのに、居心地が悪くはないけど良くもない??

たまに現れた50を過ぎた娘を、今もかわいいかわいいと言わんばかりに大歓迎してくれる。
それなのに私が考えているのは「そろそろ帰ろうかな」と言い出すタイミング。

なんでなの??私。
私もココロから楽しみたいよ。
あと何回こんな風に何気ない会話を楽しめるのかわからないのに。

両親に申し訳なくて、切なくて、なぜだか悲しくて、自己嫌悪。

最近思うんです。

道を歩いていてすれ違う小さな子とお母さんが手をつないだりしていて、小さな子はまだ世界のすべてがお母さんといったような目で一生懸命お母さんを見上げて話しかけ、お母さんは適当にそうねそうねって答えている、あたり前ともいえる光景を見て

何の心配もなくあたり前のように守ってもらっているあなたは、今とても幸せね

とか思うんです。

子供時代って、自分が子供のときはものすごく長い時間に感じました。
1日も長かった気がするし、1か月なんてとんでもなく長かったし、1年なんていまの5年や10年のように感じた気がします。

だけどあの長かった小学生時代もたったの6年。
中学高校なんてほんの3年ずつ。

今50歳を過ぎ、子供時代の1年1年はいままでの人生のたったの50分の1程度だったのかと思うと、子供でいられる時期なんて、短いものですね。

だから無邪気にただただお母さんを見上げていられる時間と環境にいる親子を見るだけでも。。。ホロリ。

はぁ。
なんだかね。
私も歳よね。