自己肯定感と親から褒められた記憶 その1

最近絵を描く機会がありました。
私が絵を描くことが好きだと知っているかつての職場の先輩から頼まれたものでした。

久しぶりに絵を描きながら、ああでもないこうでもないと形を変えたり色を変えたりしていたら
ふっと思い出したのです。

本当にふっと。

そういえば小さいころ、美術で描いた絵を
何回も何回も母に褒められたなぁ

って。

物思いにふける

話は変わりますが、私の母は私をすごく褒めてくれる人でした。
もうすでにこの世にはいませんが、母は私が大好きで、母はいつも私を褒めてくれて。

でも私は褒められることがイヤでイヤで。

変な話ですよね。

私自身、どうして褒められるとイライラするのか、褒めてくれる母にムッとした態度をとっていました。
母からすれば何が気に入らないのかと思って、たぶん困っていたと思います。

褒められてイヤな人がいるなどとは思わないでしょうから、機嫌の悪い私がちょっとでも喜ぶだろうと、もっともっと褒めてくれました。

もういいって!

べた褒めされて、ますます私はイライラしていました。

母がいなくなってしまった今もずっと、あんなに私を愛してくれる人はもうこの世のどこにもいないし、これから先もずっといない、それなのにどうして大切な母にあんな態度をとったんだろうと。
『後悔』は自分が苦しくなるから、『反省』をずっとし続けてきました。
今も。

ただ、いま母が目の前に現れてくれて、また私を褒めちぎってくれたとしても、やっぱり私はなんだかイライラする気がする。
自分でもなぜだか理由がわからない。

なんで??

母に会いたい、でもまたイライラしそう、せっかく会えてもイライラするかも、それなら母がまた悲しむから会わないほうがいいかしら、どっちにしろもう会えないか。。。
などと、ひとり禅問答のようなことを繰り返し、そして毎晩、母の写真に

ありがとう、お母さん

ごめんね、お母さん

と、涙ぐみながら語りかけています。

もじもじ

話は戻りますが、今回絵を描きながら母に絵を褒められたことを思い出したとき、はっと気づいたのです。

本当にはっと。

わかった。

あの褒められた絵は私が描きたかった絵じゃなかったからだ。

母が、こうすれば美術の点が上がるからとか、こう描けばきっと1番になって貼りだされるわよとか、母の思いに従った絵で、私が描きたかった絵じゃなかったからだ。