自己肯定感と親から褒められた記憶 その2

私の母はなかなかの教育ママだったのかもしれません。
いかにもごり押しではなかったので今の今まで気づかなかった私も私ですが、こうして思い返してみると明らかに教育ママでした。

前回書いた通り、たとえば美術についていえば、テーマを学校で与えられるとまずはそれを持ち帰り、一緒にどんな図案にするかを考えました。
いまのようにパソコン検索ということはないので、百科事典のページをめくってテーマに合うヒントを探しました。

静物画を描くときにはコーヒーの瓶とクリームの瓶ならオシャレだということで麻のテーブルクロスに2つの瓶を並べて、もっと離したほうがバランスがいいだの左右を入れ替えたほうがいいだの。
母娘で完成させた合作は、今思えば子供らしさのないものでしたね。

だけど私が大人になってからも

あなたは本当に絵が上手だから。だってあのときのコーヒーの絵、すごかったじゃない、学校に貼りだされてね。

と何度も何度も褒めてくれました。

母はピアノを習わせてくれました。

母の妹、私の叔母はピアノを習っていたけれど、母は習いたくても習えなかったので、娘の私で夢をかなえたかったのだと思います。
小さい子が自分で習い事を選ぶなんてこともないかもしれませんが、私は母の夢としてピアノを習っていました。

母は音楽が好きだったので、私もその血が入っていてピアノの上達ぶりは母を満足させるものだったようです。
当時私が「やったー、母を満足させられた!」などと考えながらピアノのレッスンに通っていたわけではありませんが、母はずいぶん喜んでいたと思います。
「あなたはピアニストになれるんじゃない??先生も音大もめざせるって言っていたわよ」と褒めてくれました。

doyoon

そうかと思うと、私は器械体操が苦手で、みんなとそろった動きができない子だったので、体育祭などで私を見た母は、うちに帰るなり

あなた、まじめにやっててああなの??

と文句を言っていたなあ。

母が旅行に行っている間に頼んでいたお花の束がバサッと届いた日、戻ってきたらきっと母が喜ぶだろうと、生け花の知識なんてひとつもないけれど、それなりのつもりで花瓶に生けた花を、帰ってきた母が見るなり

なんなの、これ!?

と言って花瓶から引っこ抜いて生けなおしていました。

悲しかったかなあ。
悲しい素振りは見せなかったけど。

そうなんです。
考えてみたら、褒められたのは母の言う通りのことができたときだけでした。

とほほ

母が考えたこと、母が望んだこと、母がなってほしい私になったときにしか褒めてくれてなかった。
母の理想とはずれたときは怒っていたんだ。

くぅー。今気づいたよぉ。