50代、いまさらですが自己肯定感を高める、親に褒められた記憶 その3

前々回前回の母が褒めると私がイラつく話。

思えば母自身、厳しくて自我を出せない環境で育った反動もあったと思います。
そもそも母は気性が激しい人だったから、よく父とケンカをしていました。
2階の私の部屋に階下から両親の怒鳴り合いのケンカの声が聞こえてきてきました。
私は床に耳をつけてケンカの成り行きを見守り、怖がりながらおさまるのを待ったものです。

それでもケンカが収束しないときなどは、母が2階に駆け上がってきて「お父さんがこういうのよ、もうこんな家にはいられないから出ていくわよ」と、今も覚えているけれど、袖口にポワポワしたモヘアのようなものがついた茶色のコートを羽織った母が、大きなバッグを抱えて兄と私を連れて家出しようとするのです。
そのあと玄関を出た記憶はないので、毎回父が止めてたのかなあ。

yada

こういうことも人格形成には影響があると思いますが、これらすべてを会えない母にもしも会えたとして、文句を言いたいわけでも、謝ってほしいわけでもありません。
家族っていろんな形があるし、それぞれなのだから、私の両親が間違ったことをしたとは思いません。
両親も親だけど人だし。
特に、私は親になったこともないから親の気持ちはわからない。

また、同じ環境に育った子が全く同じセリフを言われて育ったとしても、全員が今と全く同じ「私」になるわけでもない。
その子の個性が、感じ方が、受け取り方が自分を作ってきたと思います。
母もまたいろんな経験をして母になり、そうしてできあがった母が育ててくれて、その過程での私の『受け取り方』によって、今ここにいる私ができあがっただけのことですから。
もちろん、その『受け取り方』をした私が悪いわけでもない。

だから今日もやっぱり私は母の写真に

ありがとう、お母さん

と、いつもと同じ気持ちで言うと思います。

だけど、私はちょっとわかったわ、お母さん。

私はずっと、好きなように好きな絵を描きたかったんだと思う。
成績のためでも、絵を貼りだしてもらうためでも、お母さんのためでもなく、単純に形とか色とかを作ることが好きだったみたいだから。
そのことをお母さんも私も知る機会は、子供のときにはなかったね。
だってつい先日知ったんだもん、自分がこんなにも自由に絵を描いて自分の好きな色をつけることが楽しいって。


実は小さいときに片鱗はあったよね。
覚えてる??スピロデザイン。
いろんなデザインになるのが楽しくて、それに色鉛筆で好きな色を塗って遊んでたこと。
お母さんと一緒に描いた絵も、本当は好きなように描いて好きな色をつけたかったみたい。


高校のクラスも音楽クラスと美術クラスを選べたけど「あなたは音楽よねえ」って言われてそのまま音楽クラスにしちゃった私。
いまさらこんなところで語りかけるぐらいなら、どうしてその場で「え?私は美術だよ。だって絵とか色とかが好きなんだもん」って主張しなかったんだろうね、謎。
好きなことを自由にやって自分で選択した経験がなかったからよくわからない。


でも、どうしてお母さんに褒められるとイライラしたかだけはわかったわ。
私は、自分でやりたいことをやって、それをお母さんに褒めてもらいたかったんだわ。
やらされたことをいくら褒めてもらっても、それは私にとってはうれしいどころか、え?もっとやれって??と、ココロが感じていたのかも。


もっと言うと「あなたと私は同じなんだから、あなた音楽よ、だって私が言うんだから間違いないわ、音楽よ」ってココロには聞こえたみたい。


ずっと自分のココロの声すら聞かずにきたから。
他人のココロの声ばかり気にして、ね。


違うのよ、お母さんと私は。
50代になって、小さいころの色鉛筆の代わりにパソコンを使って自由に絵を描いて好きな色をつけていたらようやくわかったよ、お母さん。
急にいろんなことが紐解けた気がするよ。


もちろん、お母さんも私にごめんねなんて言わなくていいし、私ももうお母さんの写真にごめんねは言わないわ。

ありがとう、お母さん

私は私。

kirakira