自分を認めて本気で褒める

以前にアラフィフ50代、自分を褒めたおすで自分を褒める効果について書きましたが、そうはいってもねえと感じる方も多かったかもしれません。
私自身、自分を褒めまくっても根本的には、今思えば変われてはいなかったのかも知れません。

私は自分で自分を褒めようにもたいして思い浮かぶことがらもなく、何年も前に誰かがこんなことを言ってくれたなあと、言われてうれしかった言葉を無理矢理思い出してみたり、ずいぶん昔に母が褒めてくれた言葉を並べてみたり、家族に言われるセリフのなかからどうにか褒め言葉を探し出して自分を励ましてきました。

あれー、なんか違う。っていうか返ってむなしいじゃないか。。。

と感じるのはなぜかしら。

hatena

私は去年、今の仕事のステップアップになればと勉強して、ある資格をとりました。
かなり勉強しましたが、50代ともなると記憶力がついていかないし理解力も落ちているし、なかなかはかどらず、1度は不合格となりました。
でも、せっかく勉強したわけだし、今後につながるかもしれないと思って、合格するまで頑張ろうと再挑戦。
2回目で合格ラインのギリギリの点数ではありましたが資格をとることができました。

今回就活するにあたり、この資格のおかげで履歴書欄がちょっとだけ華やかに。
その甲斐あってか、どうにか転職できたことをお風呂の中でボーっと考えていました。
すると突然ある考えが降ってきた。

過去を振り返ってみれば学校は流れで入学した。
就職先はバブル期だったから何がやりたいという意思もなく勢いで決まったところに入社した。

言ってみれば今回、人生ではじめて、自分から頑張って資格をとり、それなりに積み上げた経験いかし、自分のチカラでつかみとることができたと言えるかもしれない。

という考えが浮かんだ瞬間、気がついたら風呂の中で涙があふれていました。

そうなんです。
誰かがくれた褒め言葉でも、親がかけてくれた褒め言葉でも、家族のセリフの中から拾い集めた褒め言葉でもない、自分で自分を本気で褒めてあげなければダメだったんです。

私はいままで何一つ、ちゃんと考えて、自分で選択して、自分で決断して、自分からとりにいったことがなかったのです。
そのことを実は自分で気づいていたから、今回初めてそれができたことで自分を認められたみたいなんです。
潜在意識の中にくすぶっていたんですかね。

そうは言ってもひとって感傷的な気分になるときってあるし、50代の今、かなり涙もろくなっているのも確か。
明日になったら昨日の風呂での私、あれはバカなのか??ってなるかもしれないと思っていましたが、そんなことはありませんでした。
明日になっても、明後日になっても、自分を初めて認めることができたこの感覚は薄れないし揺るがない。

ああ、そういうことだったのか。

イイ歳して、いまさらキミはハタチか。

いいのよ、いいのよ、50代のいま、ようやく自分を認めることができたって、それはそれで良かったのよ。
これまでやってきたことだって、すべてが今に繋がっているんだから。
ここで自分を否定してどうする。
いまこそ本気で自分を褒めてあげよう。

何だかほかのこともうまくいきそうな気がしてきた。

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この半年後、私は本当に自分がわかった気がした、認めることができた気がした、自由になった気がしたきっかけがありました。
そのきっかけの記事はこちらです。
私の場合ですけど、よろしければ。

50代、いまさらですが自己肯定感を高める、親に褒められた記憶 その1
50代、いまさらですが自己肯定感を高める、親に褒められた記憶 その2
50代、いまさらですが自己肯定感を高める、親に褒められた記憶 その3

どうして自分を認められなかったのか、どうして自信をもてなかったのかが、もっとわかった気がしました。

そうか、私は私。
言葉で聞いたことはあったけど本当の意味では理解していなかった。
当たり前のようで難しかった。
そう、私は私なんだ。

自分のココロの声だけ聞けばいい。