50歳を過ぎても『自分らしく』は難しい

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人に気をつかってばかりいるとストレスがたまります。
『人に振り回されずに自分らしく生きればいいんだよ』なんてものの本には書いてあるけれど、じゃあ『自分らしさ』って何??

人はどうして人に気をつかうのでしょう
嫌われたくないから??
良い人って思われたいから??
気をつかっているほうが楽だから??

ただでさえ『自分らしさ』が何なのかわからない上に人に気をつかってばかりいるとますます自分が何者なのかわからなくなっちゃう。
自分のココロなのに人に合わせて動いていたら、これはいったい誰のココロなのか。

これじゃあ自分だけの自分のココロがかわいそう。
ほかの人にもココロはちゃんとあるのだから、自分のココロまで貸してあげなくてもいいわよねえ??
でもその人もまたほかの人にココロを貸しながら一生懸命良い人をやっていそう。
世の中そうすることでうまくまわっているから・・・のように見えて、実はみんな疲れてるのよぉ!!

そうです、私は人に気をつかって良い人を演じて疲れています。
すべてが演技ではないけれど3割ぐらいは本心とは違って良い人ヅラをしています。
でも仕方ないですよ、所属している団体がすべて家族や友達とか好きな人だけで成り立っているわけではないんですから!!
穏やかに居心地良く所属するには多少は演じるぐらいのことはしなきゃ。
うちでふんぞり返っているみたいに、他所でできるかって話ですよ。
いや、そこまで自由に振る舞うって話でもないですけど。
口ではハイ、ハイって言っていても、ココロの中では文句だって悪口だって黒い毒を吐こうと思えばドローンとでるはずですよ、そりゃ。
でもね、更にくたびれるのは、ずっと良い人をやっていると、中身も良い人でいようといった観念が勝手に自分の中に芽生えるのか、これがまたストレス以外のなにものでもない!!
良く考えたらココロの中まで善人なんてやっちゃあいられませんよ、もともと大した善人じゃないんだから、っていうか、3割黒けりゃ明らかに偽物ですよ。

そうです、私は悪い人でもないけど、善人ではない。
それを自覚すれば非常に気楽だ。
以前アラフィフ50代、自分を褒めたおすで書きましたが、実践できていませんね、私。
いつの間にやら良い人100%を目指していたのかもしれません。
そして自分の中のブラックに気づくたびに「ダメじゃん、イヤな私」って自分にダメだしする羽目になっていたかもしれません。
でも、ブラックな私がブラックなことを考えたところで「だからなに??」です。
それどころか、ブラックな私がホワイトなことをしたときには「やるじゃん、私」って自分を褒めてあげられます。

『自分らしさ』はいまだに良くわからないけれど、演じることなく無理せずにいられる落ち着く場所が自分にあればそれだけで充分だわ。

本日はなんのこっちゃなお話でした。